2010年1月28日木曜日

■一理を知ればよい

二宮尊徳翁の歌を彫りました。

1、古道に積もる木の葉を・・



古道に
積もる木の葉を
かきわけて
天照らす神の
足跡を見ん


ケヤキに彫ったものです
70*350*20

二宮翁夜話より








2、数の多いのを記憶することはできない
普通の人は、繁雑で数多いのを記憶することはできないもんだ。
たとえば、この茶碗の十や二十くらいならだれでも数えやすいが、これが四百、五百となると、なかなか間違いなく数えることはできんもんだよ。ものに番号をつけるにも、二十や三十くらいまでならよいが、これが三百、四百ともなると、知らぬうちに間違えてしまうもんさ。


3、一つの理を明らかにする
だからワシは、ただ一つの理を明らかにする、ということを大事にしているんだ。一理がはっきりわかれば、それですべてに通じることができるからだ。
天地間でいちばん知りにくい道理というのは、みんがよくわからないので、結局、口の達者な者に言いまかされてしまう。だから孔子は「一以てこれを貫く」(論語)と言われたんだな。
お前たちも、ここに目をつけて、よく考えれば、きっと世の中のいろいろな道理を自然に知ることができるようになるだろう。


4、一理とは天照神の足跡
ワシの歌に
「古道に積もる木の葉をかきわけて
天照らす神の 足跡を見ん」
というのがあるんだが、神の足跡を見ることができれば、世の中のすべての道理を理解することができるだろうよ。
「古道」とは日本固有の大道を言うんだ。
「積もる木の葉」とは儒教・仏教をはじめ諸子百家の書物の多いこと(数多くの情報のこと)をいう。

日本固有の大道を見るには、木の葉のような書物(情報)をかき分けかき分け探さないといかんのだよ。
お前たちが落ち積もった木の葉に目を奪われるのは大きな間違いだ。
たとえば、ただ「仁とは何か」「義とは何か」といってみたところで、それを聞いても、またそれを講義してみても、ともに何の役にも立たないんだな。
これ以上のことは言う必要もないし、聞くまでもないことだ。(P-79、111)

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(まとめ)
・一杯一杯本を読みました。
・インターネットでいくらでも情報が得られます。
・それらはみんな「積もる木の葉」なんですね。
・「和魂和才」「和魂漢才」「和魂洋才」「無魂無才」・・・漢才も洋才ももちろん「無才の情報化時代」もかきわけて、「和魂和才」が生きる道でしょうか!!

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