2011年12月13日火曜日

■作品「おかげさん」

あいだみつをさんの「おかげさん」作品完成しました!




1、完成
あいだみつをさんの「おかげさん」
材質:秋田杉 輪切り
彫り:船底彫り
寸法:570×740×30mm

秋田杉の輪切り・・・薄いものです。何かに活かそうととっておいたものです。薄いから裏にベニヤで補強しています、暴れて割れないように真ん中にノコで割っております。



























2、おかげさん
【引用:太田龍氏から】
「一人の人間が暮らしていくには実に、何百、何千、何万、何千万、何億何兆とも知れない無数の要因と無数の現象、無数の事物・事象、そういうもののおかげで今ここに私たちは生きている、生かされている。それで「おかげさまで」というわけです。しばらく前まで、こんなことは日本人の常識であって、とりたて説明を要しない言葉でした。日本人は年柄年中「おかげさまで」「おかげさまで」と頭を下げていた。だんだん今に近づくにつれて、そういう言葉は死語になってしまった。」





















3、仏教の誤解
「日本人は仏教をインドから中国の漢訳仏典を通じて取り入れたけれども断然別のものに変えてしまったのです。
変えてしまった証拠は何かと言えば、日本人は仏教の本質を、山川草木鳥獣虫魚皆仏になる。成仏する、そういうふうに要約したのです。そんなことをやった国民はインドにも中国にも東南アジアにも存在しないのです。
さらに、日本人は「おかげさまで」という言葉を発明したのみならず、最近まで、年柄年中、日本人は「おかげさまで、おかげさまで」とごく普通に言っていました。「おかげさまで」とは何ですかと言えば、仏教の基本経典の一つである「華厳経」からです」






















4、お坊さんより庶民の方が
「仏教の本質がこうですから、ついしばらく前までは、普通の日本人の方が、えらいお坊様より仏教を屁理屈ではなく、しごく当たり前に見に備わった品性として、はるかに深く理解していたのではないでしょうか。年柄年中「おかげさまで」と言って頭下げるのですよ。頭下げるといっても誰に頭下げるのでしょうか、その辺のお坊さんに対して頭下げることではないですね。何やら着飾った日本の教団の最高の僧職者に向けて頭下げるわけでもないですよ。といって何やら小難しい高邁な仏教の講話に頭下げるわけでもないですよ。
宇宙のすべてを形作っている万物万象、そういうもののおかげで私たちは生かされているという、そういうふうな一般庶民の、本来の深い仏教理解の上にそれは成り立っていると言えるのではないでしょうか。それを私たちが取り戻すことが喫緊の課題だと思います」





■脳科学者の限界「生命」

分子生物学の最前線の福岡伸一さんの生命について!



1、ラット実験
【引用:「生物と無生物のあいだ」より
 私は膵臓のある部品に興味を持っていた。膵臓は消化酵素をつくったり、インシュリンを分泌して血糖値をコントロールしたりする重要な臓器である。この部品はおそらくその存在場所や存在量から考えて、重要な細胞プロセスに関わっているに違いない。そこで私は遺伝子操作技術を駆使して、この部品の情報だけをDNAから切り取って、この部品が欠損したマウスを作った。ひとつの部品情報が叩き壊された(ノックアウト)マウスである。
 このマウスを育ててどのどのような変化が起こるか調べれば、部品の役割が判明する。たぶんインシュリン分泌に異常が起こって糖尿病を発作するかもしれない」


2、しかし、なにごとも起きなかった
 「しかしマウスは何事も起きないで大人になった。栄養失調にも糖尿病にもならなかった。」
 遺伝子ノックアウト技術によって、パーツを一種類、ピースを一つ、完全に取り除いても、何らかの方法でその欠落が埋められ、バックアップが働き、全体が組み上がってみると何ら昨日不全がない。生命というあり方には、パーツが張りあわされて作られるプラモデルのようなアナロジーでは説明不可能な重要な特性が存在している」
























3、生命とは動的平衡にある流れ
 「生命とは何か、それは自己複製するシステムである。DNAという自己複製分子の発見をもとに私たちは生命をそのように定義した。
さらに今は
「生命とは動的平衡(ダイナミック・イクリブリアム)にある流れである」
「生命という動的平衡は、それ自体、いずれの瞬間でも危ういまでのバランスをとりつつ、土居時に時間軸の上を一方向にたどりながら折りたたまれている」
最後に、
「私たちは、自然の流れの前に跪く以外に、そして生命のありようをただ記述する以外に、なすすべはないのである。」



4、分子レベルで生命はわからない
大先生に向かって失礼ですが、生命が電子顕微鏡で見える世界ではありません。下図をご覧ください、DNAは人間の大きさの隣程度なのです。まだまだ原子の世界、素粒子の世界と、人間の目では絶対に見えない波動の世界があるのです。波動の世界は見えないのです。
どうぞ福岡先生におかれましては、素粒子の世界や宗教の世界も統合した生命論を期待したいものです。








2011年12月12日月曜日

■クロダイが山に上ってきた!

こざくらの丘に釣りたてのクロダイが上ってきました!



1、30cmのクロダイ
魔女の友人が釣りたてのクロダイを持ってきてくださいました。
30cmのクロダイ! 男鹿の海で釣ったもの。まだ生きていました!













2、「5枚おろし」!
捌き方まで教えられました。
当然「3枚おろし」ですが・・・私の腕では「5枚おろし」となりました!














3、刺身とうしお汁
なんとか刺身になりました! 生姜でもよかったですが、昨日の鹿角の「しぼり大根」がまたよかった!!














4、喜びという報酬!!
最近、こうしたうれしい贈り物が続いています!! なぜでしょうか!
丸山敏雄さんの「万人幸福の栞」から解説しましょう
「働きが一切であり、働きが人生である。働きが生命である」・・
・・・・・我々はもう会社で働いているわけではありません。私は町内会ほか、魔女はオカリナでボランテイアをしています。
「この働きには、そのままに、必ず「報酬」がついている。金銭で受ける「報酬」には、多少があり、不公平があったりするかもしれぬが、この自然にして当然に受ける報酬は、必ず働きに比例して、落ちもなく、忘れられもせず、必ず直ちに与えられる。それは「喜び」という報酬である。ま心で働いた時、必ず喜びがわく、何の期待もなく、予期するところもなく働いた時、おのずからに感ずる喜びは、他のどんな喜びにかえることは出来ない。」

クロダイは、魔女の同級生のAさんが、オカリナ演奏をお孫さんを連れて聴いたところ感動して、この度の海釣りの釣果をお届けくださったものでした。うれしいですね! オカリナを聞いて喜んで、自分が釣った魚で我々が喜ぶ・・・こんな時代なのでしょう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



2011年12月11日日曜日

■鹿角の「ふじ」「しぼり大根」に異常!

鹿角でリンゴとしぼり大根を買い求めたが異常!!




1 、鹿角リンゴ「ふじ」が無い!!

毎年買い求めているストーンサークル近くのリンゴやさんの店が閉まっているのです。どうしたのかな? と隣のリンゴやさんに生きました、ここもかすかに空けているだけ・・・おかしいな!!
と、よく聞いたら今年は異常天候のせいで、主力の「ふじ」がほとんど採れなかったとか、もう売り切って閉店しているのだそうです。木箱で1つ買うと思って行ったのですが、バラでいくらか買ってきました。















2、辛い大根「しぼり大根」が小さい!!

鹿角の冬の名産「松館のしぼり大根」がずいぶん小さいのです!!いつもは手のひら位あるのですが、今年は本当に小粒なのです。

















3、普通はこんなもの

大きさの比較は出来ない写真ですが、じゃんけんのパーとグウの違いだと思ってください!!
でみ、大根おろしで辛みを味わうのですから、内容は十分・・・・辛いです!!



























4、異常気象

【引用】
しかし、年々 異常気象は激しくなっております。
今年は、まず季節外れの台風、長雨が続いたのちに、
猛暑と水不足が約1ヶ月間ちかく・・
かと思いきや、台風再来と突然の豪雨。
あまりに極端すぎる動向なのです。
親しい葉野菜農家さんは、井戸も枯れそうなので、
水道水で潅水している状態だったそうです・・・。



2011年12月10日土曜日

■初雪!

ついに来ました!



1、初雪1





















2、初雪2




















3、初雪3





















4、初雪4



2011年12月9日金曜日

■「人間力」について

いっぱいブログを書いていますが、人についてのジャンルを「人間力」でまとめようと思っています。





1、人間力の構成

この構成図は鳥取大学のHPを参考にさせていただいています。
大項目はこれでいいと思います。これでいきますが、その先は巡堂の独自のものとなるでしょう。

人間力とは下記の5つの構成要素からなり、総合的かつ人格的な能力である。



























2、タテ軸がないですね

タテ軸・・・それは哲学、倫理・・・「知力」の中でタテ軸ヨコ軸を分けるべきでしょうね。

























3、組み合わせですね

人間は、「気力」だけ「体力」だけで動くものではありません。もちろんどれかが主体とはなるでしょうが、すべては総合的に組み合わさって生きているのですから。



























4、コミュニケーション力も大きな時代

必ず相手がいることですから、特に現代はコミュニケーション力(プレゼン力)が大事な時代ですね。






















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2011年12月8日木曜日

■作品「越前谷人形工房」看板

大作作品看板が出来ました!



1、看板「越前谷人形工房」

本来は上に掲げるものですが、文化祭の折にさりげなく玄関に置いたものです。
ケヤキ製:2,200×40×25mm
大きなケヤキにしては薄い作品ですが、古い板で老舗の看板としてはいい色具合です。















2、製作途中の作品

越前谷さんは人形屋さんから工房とすることになりました。
まだ色が入っていません。



















3、越前谷人形屋さん
秋田市土崎の曳山祭りの人形は全部越前谷人形屋さん(これまで)が作っています。
越前谷さんは4代目だそうです、100年くらいですか。



















4、曳山祭りは400年


(WIKIより)
1602年(慶長7年)、佐竹氏が湊城入部[13]。その2年後、久保田城に移転[13]。この際、武士官僚・寺社、住民等も土崎から久保田城下へ移転し、土崎の人口はいったん減少し、経済活動をする町人が残る[13]。
北前船などの西回り航路の開拓で、貿易港として復興したことをきっかけに、港の鎮守神を作ろうと、当時、久保田藩の御用商人として土崎の地に来ていた川口惣治郎の[要出典]川口家の氏神の神明堂を湊城跡地に土崎神明社として1620年(元和6年)に建造した[14]。
1625年(寛永2年)、湊に下ってくる船乗り達が神輿を寄進し、この年の祭礼で神輿神幸[13]。
この写真は青森のねぶたです。青森の場合は田村麻呂と大嶽丸が出てきます。
秋田土崎の曳山人形は、人形師越前谷さんのお話では、田村麻呂信仰とは特に関係がないようだという事です。しかしながら、越前谷さんは約100年の歴史であり、その前別の人形師さんが受け継いで300年もの歴史があるのです。
私の推測ですが、青森・津軽のねぶたと同じく田村麻呂伝説の一環として、田村麻呂と大嶽丸を祭ったものだと信じています。