2014年9月10日水曜日

■文明の発祥はシュメールか?

太古の事を調べるとシュメール人に行き当たる・・シュメールとは

1、文明の伝来は西から

世界基準の考え方からは当然、文明は西洋から
太古はメソポタミアから

2、平田篤胤の文明のブーメラン

平田篤胤は「古道大意」で述べています
すべての大本はこの日本である
日本から世界に文明が伝わったのである・・・
それがまた日本に戻ってきた・・・ブーメランですね!!
(今、平田篤胤の「霊の真柱」の動画紙芝居に取り組んでいます)

3、メソポタミアとはどこか

ご存知世界の四大文明発祥の地のひとつですね

(引用)
紀元前5千年頃、後にメソポタミアと呼ばれるユーフラテス河の沿岸地帯に、ある農耕民族が住み着いた。彼らの住み着いた土地は、耕作や放牧に適しており、近くの湿地帯では、魚と鳥が常に豊富に得られるという生活するには理想的な環境だった。
 その農耕民族は、ウバイド人と呼ばれ、その後、千年以上もそこに住み着き、泥でレンガをつくって街や神殿をつくり、その後のメソポタミア文明の基礎をつくることになった民族である。彼らの有能で進取性に富んだ気性は、まもなく、この地を中近東で最も繁栄した地帯に押し上げていった。ただ、彼らは、文字を持たなかったので、詳しい記録を残すことはなかった。

4、シュメール人

(引用)

ところが、紀元前3800年頃、どこからかシュメール人と呼ばれる民族がやって来ると、信じられない大変化が起こった。文明の一大ブレークとも言うべき現象が起きたのである。メソポタミアの地は、わずかの間に、前例のない大繁栄を記録した。そして、空前とも言える政治権力が打ち立てられたのである。それは、美術、建築、宗教は言うに及ばず、社会機構、日常の細かな慣習から楔形文字の発明に至るまで、それらは、すべて、彼らシュメール人の成せる画期的偉業であった。世界最初と言われる船や車輪つき戦車なども、この頃、シュメール人によってつくられたのである。


遮光式土偶にも煮ています・・・そんな話はあとで!!
まだ入り口です。
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